【日常が戻ってきました】

油断していました。

大好きなシャインマスカットが気付けば店頭からその姿を消しつつあるではないですか。

でも大丈夫、これまた大好きな柿が実りの秋を彩ってくれています。

マスカットを翠陵祭だとすれば、柿は派手さはないものの味わい深い日常生活のようなものでしょうか。うーん、上手いことを言おうと思ったけれど、どうもイマイチなのは数々の行事で少しだけ疲れているからに違いありません(言い訳)。

という訳で、文化祭も終わってすっかり平常運転に戻った翠陵です。

この平常運転が実は学校の1番大事なところでありまして、卒業して振り返ってみると思い出すのは日々の友達とのたわいのない会話だったり、前に座っている子の頭の形だったり、先生が何回「あのー」を言ったかだったりするのですね。

バレーボールで何度も全国優勝を果たした名監督がこんなことを仰っていました。

練習で大切なのは、ウオーミングアップやパスなどのいつも当たり前にやるメニューです。

たまにしかやらないメニューに喜び勇んで取り組む選手が多いけれど、定番の必ずやるメニューを疎かにする選手は大成しません。毎日やることは必ず身につくから、どんなに飽きても日常のメニューを丁寧にやらなくてはいけません。

深いですなぁ。

大正時代から昭和にかけて活躍した思想家の柳宗悦も、「用の美(ようのび)」というものを提唱しました。鑑賞したり飾ったりする美術品ではなく、日々の暮らしの中で実際に使われる道具(茶碗、器、家具など)にこそ自然な美しさが宿るということです。使うために無駄をそぎ落とした形にこそ、真の美しさが備わっているという考え方です。

これ、倫理の教科書に載ってるよ。

行事と行事の合間にある大切な日常を美しく生きていきましょう。

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